というわけで、破竹の勢いで進化を遂げてきたインクジェットプリントも、とにかく

「きれいに」「早く」というレベルを超えて、新しい次元の進化を求められる時代に

入ったように思います。

一方で、テキスタイルのプリントではいまだに主流を占めている「アナログプリント」は

今後どうなっていくのでしょうか?

実は「アナログ」プリント(主にスクリーンプリント(「フラット」タイプと「ロータリー」タイプ)

を指します)も、この30年で大きな進化を遂げており、製版の部分は「デジタル化」が進んで

います。30年前までは、実際に職人さんが手描きでトレースを描いていたのですが、

(私が鐘紡に入社して、当時の長浜工場(滋賀県)に研修に行った際、「彫刻」(プリントの

 型を製作する)部門で、大勢のトレーサーさんが並んで作業を行っているのはまさに壮観でした)

現在はデザイン「図案」のデジタル化が進んだこともあって、図案データを必要色数に分版し

(ここには一定のノウハウが存在しますが)、そのままスクリーンに出力・製版する方式が主流と

なっています。昔は、手描きのため、工場ごとに「腕の差」が当たり前にあって、それがプリントの

上手下手の評価につながっていたのですが、現在は製版のデジタル化が進み、プリント機の型合わせも

自動化が進んで、「アナログ」プリントと言いながら、実はほとんど「デジタル」プリントとなって

いるのが現状のように感じます。

インクジェットプリントになって、「味も深みも無くなった」と仰る方もいらっしゃいますが、

インクの浸透度合いを除けば、実は現在のスクリーンプリントも、それほど違いのあるものでは

無くなっているように思います。(もちろんプリント精度はインクジェットの方が格段に上ですので

その点、スクリーンプリントはまだまだ「人の手がかかる」=アナログと言っていいのかも

しれませんが。)

「シングルパス」とは、簡単に説明しますと、従来のインクジェットプリンタ―

(「スキャン式」とか「マルチパス」といいます)が、ヘッドをヨコに動かしながら

順送りでプリントしていくのに対し、ヘッドを固定してその下に生地を連続搬送しながら

プリントを行う(ベルトコンベアーの上にインクジェットプリントヘッドを並べて、

その下のベルトに生地を乗せて、連続でプリントしていくイメージ)方式です。

この方式ですと、ヘッドを動かす(その時間を待つ)必要がないので、理論上は

ヘッドの吐出スピードの限界まで、プリントスピードを上げることができます。

結果、現在使用しているプリンターは通常モードで33m/分、倍速モードで約70m/分と

従来のインクジェットの常識を超え、まさに従来スクリーンプリントのスピードに匹敵する

生産性(実は「生産性」という意味では、はるかに凌駕しています:後ほど説明)を手にしました。

必要であれば、毎分100mでも、200mでもスピードUPは可能、という夢のような話も

聞こえてきた時、ここでも「待った」をかけたのは、作業者がついていけない、という人間側の

問題でした。1バッチ=2000m程度で動かす場合、33m/分であれば、1時間かかります。

一方で、仮に100m/分でプリントした場合は、たったの20分で終わってしまいます。

「休む間もなく」次々と、作業を行う必要が出てくる上、印刷と違って、生地のプリントは

生地のムラや欠点(ゴミやシワ)などが「当たり前に」あるため、何か支障があった際はすぐに

プリントを止める必要があるのですが、100m/分のスピードですと、そのエラーのチェックも

非常に困難で、かつ、分った時に止めてもすでに数百ⅿのロスが出ている、ということに、、、

、、、作業者にとって非常に大きな心理的負荷がかかる状況となります。

機械の進化と人間の限界、という難しい問題にインクジェットプリントは直面しています。。

では、解像度と並んで、もう一つの開発テーマであった「スピード」については

どうでしょうか。デジタルプリントは開発当初から、従来プリント(アナログプリント

=スクリーンプリント)の代替方式の有力候補と考えられていましたが、如何せん

インクジェットヘッドをヨコに動かしながら、生地を順次タテに送ってプリント

していく(会社やご家庭のプリンターと同じです)方式では、ヘッドが行ったり

来たりするのを待って、生地を進める必要があるため(ヘッドが一往復でプリントできる

長さしか一回に進めない)、どうしてもスピードUPには限界がありました。

それでも当初は1分間に1mもプリントできなかったものが、2~3年後には2m

プリントできるようになり、現在では5m(倍速モードだと10m)/分までは

出力できるプリンターが出来ています。

ただし、従来スクリーンプリントですと、フラットタイプで15~20m/分、

ロータリータイプですと30m~/分が普通のプリントスピードですので、

「代替」というには、まだまだモノ足りないレベルでした。

そこで登場したのが、我々も3年前に導入した「シングルパス」方式のプリンターでした。

日進月歩で進化してきたデジタルプリントですが、実はいま、一つの転換点に

差し掛かっています。まず、進化の大きなポイントであった「解像度」ですが、

現在我々が使用している最新型プリンタ―の「解像度」は、いったいどこまで進化

したかというと、、、、実は「720dpi」なんです。

180→360→720→1440、と倍々で「進化」してきた「解像度」ですが

現在は720dpiで通常出力し、場合によっては360dpiで打つこともあります。

「進化が止まった」理由、それは我々人間の方にあるようです。結局のところ、解像度を

ある程度以上「細かく」しても、人間の目には見えない(わからない)ので、意味が

無くなってしまいます。これは、紙の印刷の世界でも、テレビなどのディスプレーの

世界でも同じことのようで、解像度が高い方が性能が良い、ということは最近あまり

聞かなくなった気がします。人間の識別能力を超える表示能力は意味がない(むしろ、

他のデメリット含めると止めたほうがいい)ということなのでしょう。

現在は「いかに細かく打つか」(解像度)よりも、液滴サイズ(=インク量)を適量調整し、

狙ったところに正確に点を落として(着弾精度)「いかにバランスよくきれいに打つか」が

技術開発の中心となっているように思います。このおかげで、現在の我々は、開発当初に

あった「謎の赤い点」や「ツブツブ感(=「粒状感」という言葉はインクジェットの否定的

表現として当時よく用いられました)」から解放されたのでした。

かくして様々な苦難の中、何とか船出をしたデジタルプリントでしたが、その後の

「進化」には目を見張るものがありました。我々が元々携わっている「繊維」の世界は

戦争(第二次世界大戦)前には、ほぼ技術革新が終わっていて、現在行っている

製造方法は、ほとんど100年前と同じやり方となっています。

一方で、デジタルの世界はまさに日進月歩で、例えば当時プリントの精細度を表現

するのに、どれだけ細かくインク(ドット)を打てるか=「解像度」というものが

喧伝されて、360dpi(ドット/インチ:1インチにいくつドットが打てるか)が

720dpiとなり、間もなく1440dpiのプリンターも出て、、という具合に

瞬く間に進化していきました。

プリントのスピードも、当初は1分間に1mプリントできるかどうか、だったものが

2m/分になり、5m/分のものが出て、現在では、30m/分、中には7~80m

というプリンターも存在しています。

「解像度」と「スピード」。インクジェットプリント機メーカーが、凌ぎを削って

開発競争を行ったのが1990年~2010年頃の話です。

気づけば〇十年、私もプリントを中心に生地の開発・販売に携わってきましたが、

その間、様々な皆さんに助けられ、支えられ、ここまで何とかやってこられました。

おかげさまで、繊維に関わる、古くて伝統的な技法から、新しく革新的な技術まで、

広く浅く(笑)知ることができ、今ではそうした知識やコネクションを活かして、

様々なモノ作りに、ある程度対応できるようになった気がします。(もちろんそれを

実行いただける工場さんあってのことですが。)

所属する会社も何回か変わった(転職、したわけではないのですが(笑))おかげで

基本的には「縦割り」の繊維業界の中で、色々なラインの工場や技術の方とも交流でき

異なるカテゴリーのお客様(アパレルからユニフォーム、インテリアや寝装、ベビーや

資材、等々)とも、様々な角度からお話させていただいたおかげで、新しい素材・用途の

開発の話にもついていけるようになりました。

ある競合メーカーの方に「ナカジマさんは「プリントマニア」かと思っていたら、

「繊維(生地)マニア」だったんですね(笑)」言われましたが、誉め言葉として

ありがたく頂戴しておきます。

そこで、繊維全般(特にプリント)に関する、相談や問い合わせに、このHPを通じて

可能な限り、お答えしていこうと思います。

私の乏しい知見と知識が、少しでも日本の(繊維の)モノ作りに、活かせれば、

また、(数少ないと思いますが)繊維関係に夢を持って飛び込み、何か新しいものを

作り出してやろうと意気込んでいる若い方(実年齢は問いません(笑))のお役に立つことが

できるとすれば、こんなにうれしいことはありません。

(もちろん、私もまだまだ現役ですので、当社の新たな商品開発や、ビジネスの構築のヒントに

 なればと、虎視眈々と狙っていたりもします(笑))

「プリント」に関することや、機能素材について、アイディアや困っていること、

なんでも結構ですので、「問い合わせ」フォームにてメールをいただければ、可能な範囲で

回答させていただきたいと思います。(私の苦手な分野については、その道のプロに

確認してから回答させていただきますので、多少お時間いただくと思います)

「日本の繊維」は、まだまだ発展の可能性を秘めています。そのための「ナレッジ」を

一緒に積み重ねていきましょう! 何卒よろしくお願い申し上げます。

データ処理の問題、ヘッドの耐久性の問題、染料の発色差異の問題、着弾(液滴サイズ)

コントロールの問題、これらの問題はその後、デザイン作成環境の変化や、ハードの改良、

条件設定の最適化、生地の搬送精度&液滴コントロール技術の進化により、この30年で

大幅な改善が図られました。おかげで今では、かなりのレベルで「普通に」プリントして、

「当たり前に」目標の画像(データ)が生地表面に再現できる、状況となってきました。

ただ、当初から存在する根本的な不良原因だけは、今でもなかなか排除できずに残っており、

日々我々を悩ませています。その根本因とは「生地」は「紙」とは違う、ということです。

生地にプリントするのと、紙にプリントするのには、ほぼ同じ機構を使っており、その意味では

デジタルプリント開発においては、同じ問題を共有し、解消してきた歴史がありますが、

唯一根本的な違いは、媒体である「紙」と「生地」の違いにあります。

では、「紙」と「生地」の何が一番異なるかと言えば、その「均一性」ということになります。

プリント用の「紙」は製紙工場で、一定の品質管理の下、同じ品番であれば、ほぼ均一な品質で

生産されるのに対し、「生地」は、同じ品番であっても、原料も異なれば、糸も異なり、製織や

製編の条件も異なり、精練・漂白の処方・条件も異なる場合もあります。また、製造工程で、

繰り返し洗って→乾燥、ということを繰り返すため、表面が毛羽立っていたり、ゴミや不純物が

付着していたりと、「不均一なことこの上ない」状態なのです。

生地表面に、毛羽立ちやゴミがあれば、その上にプリントしても、そのまま「白抜け」「ムラ」と

いった「不良」に直結します。(なので、インクジェットプリントを行うには、腕のよい

修整屋さんが不可欠でした。(笑))

生地の「白度」もバラつくのが当たり前で(原料も加工条件もばらついているので)、同じ色を

プリントしても、同じ色に見えない、ということも当たり前にありました。

当時開発に携わっていたプリント機メーカーの技術者が、様々な問題に直面し、最後に漏らした

言葉が「結局、生地と紙は違うんですよね。。。」

どうにかこうにか、色を調整して、目標に近づいたと思ったら、あれ。。。!?

グランド(柄のベース部分の無地っぽいところ)がベージュなのに、ところどころに

小さな「赤い点」が!?

プリントをやっていると、染料が飛び散って、「染料汚れ」という欠点が発生することが

よくあります。グレーや青なら、まだ目立たない場合もあるのですが、「赤」は「血の色」を

連想させるため、絶対にアウト! 流出(チェックできずに市場に出てしまうこと)すれば

一発でクレーム・始末書を書かされる目に遭います。。。

インクジェットでも、ヘッドから染料が飛び散る、生地がヘッドに触れる等で、思わぬところに

思わぬ汚れが付着することは度々あるのですが、この「ベージュの中の赤い点」は少し理由が

異なり、初期のインクジェット特有のデータ的な問題によるものでした。

インクジェットはご承知の通り、C・M・Y・Kという、色の3原色+黒の計4色のインクを

混ぜ合わせて、全ての色を表現していきます。例えば「ベージュ」という色も、C(シアン:青)、

M(マゼンタ:赤)、Y(イエロー:黄)をバランスよく配合(そのバランスで液滴を打つことに

なります)して、「ベージュ」を表現します。(くすませる場合にはK(黒)を少量打ちます)

ただし、初期のインクジェットはインクの液滴サイズも大きく一定で、「ベージュ」を例えば

黄味→赤みに振ろうとすると、突然、赤い点が現れたりしました。同じ理由で、色味・濃度に

よって、ベタ(無地調)のはずなのに、色のツブツブが見えたり、特有のムラが現れたりと、

当時「いかにもデジタル」っぽい表現となってしまう場合が多々あり、プリントマニアのお客様に

敬遠される一つの大きな理由となっていました。(現在のインクジェットは、液滴サイズを

細かくコントロールできるため、このようなツブツブ感はほとんど見られなくなりました。)

インクジェットプリントが出始めたころ、いかにもデジタル(グラデーションをやたら多用した)

という柄が多かったのは、実はこうした欠点をカバーする意味合いも大きかったようです。

テキスタイルプリントの世界って、元々色が合わない(ブレる、と言います)のが、

むしろ当たり前で(笑)、お客さんの指定色と見本の色がなかなか合わず、ようやく

決定した見本の色と本番加工の色が違ってしまうこともよくあることで、本番加工も

2度・3度繰り替えしプリントすると、だんだん当初の指定色から遠ざかって、、、(笑)

(スクリーン)プリントの色合わせがなぜそんなに難しいのかは、他の章に譲るとして、

工場とお客さんの間を走り回って、「なぜ色がブレたか」説明をし、謝り、何とか使ってもらう

というのが、プリントテキスタイルの営業マンの仕事のかなりの部分を占めていたわけで、

それがインクジェットに変わったら、色なんて当たり前に合う(バラ色の)世界に、、、

というのは甘い幻想に過ぎなかったという話。

「色」どころか、「柄感」さえもプリントするたびにブレまくり、いったい自分が今どこにいて、

どこに向かっているのかすらわからなくなる、、そんな状況がインクジェットプリント草創期の

「当たり前」でした。

「データはこれで合っているよね?」「設定も間違っていないよね?」「生地も確認したよね?」

。。。じゃあなんで、こんなに色が違うの??(笑)

やり直すたびに、色が動いて、たまに合ったときでも俄かには信じられず、念のためもう一度

出力すると、やっぱり違う色に。。。キリがないですよね(笑)

ようやく「ゴミ取り」が終わったデータを、いよいよ生地にプリントしていくのですが

数mプリントしただけで、インクがノズルに詰まってエラー→停止。

ヘッドクリーニングを行って、再度プリントをしてもエラー→停止。。

その内、クリーニングを行っても復旧できずに、泣く泣くヘッド交換(@数百万/個)。。。

( 現在使用している超高速インクジェットプリンタ―の場合、33m/分のスピードで

プリントしても、千mに一度程度のヘッドクリーニングで、問題なく稼働していることを

考えると、まさに隔世の感があります(笑))

何とか苦労の末にプリント出力を終えて、発色(染料の場合蒸して発色(色の定着)を行い

ます)・洗い(未染着の染料を洗い落とします)が完了。

さて、出来栄えは、、、?  何か、、思っていた色と違う、、かなり違う。。。

っていうか、柄が違う。。!?(笑)